1/14(土) 211+212room 【福】(寄り添うこころ)避難者 X 支援者ワークショップ

 

子ども達を放射能から守る福島ネットワーク(子ども福島)吉野裕之さん 

今日は一番感心がある事、とくに子ども達の体の中がどうなっているか、

心の中がどうなっているのかという事に感心がある。

今日はどうしてきたかというと面白いヒトと知り合って仲間をつくりたい。

脱原発世界会議との関係ですが、子供の命とよりそってすすめていけるシステムかな?

ということを考えます。エネルギー、経済もちろん大事だが、

子供の命とよりそうことができるかどうかを考えて決めていけばいいんじゃないかなと思います。

 

Aさん (福島避難母子の会in関東) 

福島避難母子の会in関東というという会を立ち上げました。福島県郡山市より3月23日に横浜市に避難してきました。今、横浜市の某市営住宅に入っていまして、息子と2人、母子だけでくらしております。夫は郡山でまだ仕事をしています。家族バラバラの生活となっています。

頑張って生活しております。今一番気になっている事は、私たちの様な避難者の生活について

まだまだ安定する事がない生活なんですが、住所の事、仕事の事、この先、不安は大きくなるばかりで安定する事はないのでそれが心配です。子供の健康、わたしたちは3月23日に避難してきたんですが、それまでの間、福島県にいたこともあり、関東圏の方も決して安心ではない、危ない所がたくさんあるという事でとても心配しております。福島県を出たということで、子供の健康調査、検査の方もなかなか後まわしになっていることもありますので、そちらの方も早めにやっていただきたいなと思っております。今日来た目的としては避難区域から避難してきていない自主的避難者のことをもっと皆さんに理解していただくということと、精神的に避難生活というのはつらいので、仲間を増やして精神的に支え合っていきたいなという思いがあり、こちらの方に参加させていただきました。脱原発については、ここが原点なので、私たちがこんな生活をおくらなければならなくなった原因というのは原発にあります。どういうことが出来るかというのはまだいろいろ模索しながらですが、いろいろ考えながらこの2日間勉強しながら考えて行きたいと思います。

 

Bさん (福島避難母子の会in関東) 

同じく、福島避難母子の会in関東というグルーブに所属しております。福島県郡山市から東京都の方に避難しています。今、一番気になっているというのが、実際の健康被害と食べ物というのは問題なんですけれども会といたしまして、3月や4月に避難としている人達と言うのはそろそろ一年経過しまして、一年と言う契約で滞在契約をしてしまっていて、そろそろ契約が切れるんですね。

そうすると二次避難というのが次の課題になってくるわけです。なので既に福島から避難している人たちは次の避難をということでの二次避難。そうしますと住民票を移している人達というのは次の避難先に行くというのがなかなか難しいということで、まだ行政としての借り上げをしているところに申請をしましても福島からの住民票の移動というのが前提になってしまう。自主避難をし、住民票を移してしまっている人達というのは、またそれはそれでハードルが高くなる、難しいということがありまして、このまま住む所が無いという事で福島の方に戻るというわけにもいかないですから、これが緊急の課題となっています。今日来た目的は、支援して下さる方がたくさんあるんですけれども、なかなか横の繋がりをもてないので、そう言う方達がどんな内容でどんな支援をしてくださっているのかというのを知りたいと思います。脱原発の感心度というのは、福島にああいう事故が起きた。必然的に脱原発になってしまった。脱原発という考えになると思います。

 

 

Cさん (東京都在住)

東京に住んでるものなんですが、福島県の伊達市と深い関係があります。今一番気になっていることは、福島に住んでいる人、住んでいた人の健康問題に関心があって、心配しています。それから福島から避難した人たちと、福島に住み続けざるをえない人たちの人間関係、社会的なところとかも、非常に気になっています。今日来た目的はそういった福島からの生の声を聞いて、交流したいという強い気持ちで来ました。脱原発についての話なんですけど、福島に関しては、私の個人的な意見なんですけど、事実上脱原発はほぼ達成しているんじゃないかと思っています。なぜならば第一原発はああいう状態ですし、第二原発も再稼働はあり得ないと思っていますし、新規建設も福島県民の心情を考えればあり得ないと思っていますし、ほかの県や自治体はわからないですけど、福島県は、脱原発はこれからとやかく言うことではないと個人的には思っています。

 

Dさん (神奈川県に避難中)

福島県の川俣町から来ました。私はお二人とはちょっと違って夏休み以降にこちらのほうに自主避難ということで子供たち3人を連れて、神奈川県藤沢のほうに今お世話になっています。今一番気になっていることは、私たちは福島県に長く暮らしていましたので、子供たちの健康のことが今一番気になっています。今日こちらのほうに足を運んだのは自分が知らないところでどんな人がどんな所でどんな支援活動をしているのかなってそういういろいろな方と知り合いになることによって、もっともっとこれから明るい未来が開けるんじゃないかなと思って参加しました。脱原発に関しては、やっぱり私たちは原発のせいでこのような生活をすることになってしまったので、その活動は続けていきたいなって思っています。よろしくお願いします。

 

Eさん (神奈川県に避難中)

福島県の川俣町のほうから横須賀市のほうに避難しています。私は福島避難母子の会イン関東に参加させていただいているんですけど、私は三月の半ばに爆発の四日後に川俣町から横須賀のほうに避難してきているんですけど、今一番気になっているのは自分たちがどれくらい被曝しているのかっていう、爆発してから子供たちは、学校登校があったんですね、それも行かせずに家の中も全部目張りをして、ずっと守っていたんですけども、私は亡くなった父の大根があって、最後、セシウムが降ったらもう食べられないと思って土に埋まっていた大根を取りに3月14日に汗だくになって、息をいっぱい吸いながらいってしまったので、大失敗だったなって。今だったら絶対行かないですけど、それはほんとにわからなくて、危険と思ってたんですけど、でもまさかここまでって、川俣のほうまで来てる、大丈夫なんじゃないかと思って行ったりしてたので、そしたらもう3か月ぐらして、かなり具合が悪くて、視覚障害があったり、夜眠れなくなったり、本当いろいろあるんですね。なんで尿検査も受けたほうがいいんじゃないかって、思ってるくらいで、子供はまあ、元気になんですけど、子供がこれからとても心配です。あと環境のほうもかなり汚染されている話も聞きますので、実際のところ私もここにいて本当に大丈夫なのか、来てみて、もしかして関西のほうに、あっちのほうに行かないといけないんじゃないかと、不安はすごいあって、もうどこにどう行ったらいいのか。夫は川俣のほうにいるんですけど、いずれ一緒に福島を去る以外には道はないかなという風に思っています。後今日来た目的は、やっぱり私の知らないことってたくさんあると思ったので、皆さんといろいろ交流することによって、いろいろ持って帰りたいなと思っています。脱原発はもちろんかなって思っています。命より大切なものって何って心よりそう思います。よろしくお願いします。

 

Fくん (小学生、神奈川県にお母さんと避難中)

福島子供会支援に所属しています。今回福島県から3月23日にお母さんと一緒に避難してきました。今一番気になっていること、感じていることはやっぱり10カ月たった今福島に2回しか帰ったことがないので、福島の現状を知りえたうえで活動を進めていきたいと思っています。今日来た目的は自分の知らない情報を知りえるっということです。脱原発ってことについては、もともとぼくは原発でこちらに避難してきたので、それは妥当だと思っています。

 

Moms & Children Rescue FUKUSHIMA 高岸

私は放射能の感受性の高い妊婦さんと乳幼児、そして子供を一刻も早く30キロ圏外および、放射能の値の高い地域から避難することを強く願って、署名を集めて、一人一人から署名を集めて、政府とか、福島県の決定権のある人に伝えていこうっていうプロジェクトをしています。今日は平野さんと一緒に発起人の2人でお邪魔させていただいています。今一番気になるのは福島の皆様の健康、特に子供さん、赤ちゃんの健康が心配です。そして避難したい人が避難しているのかと、避難した人がどのように暮らしているのかということを具体的にお聞きしたいなって思っています。今日は皆さんの生の声を聞きたいということで、山口県から私来ております。そしてもう一つは交流してお話をたくさんして、仲良くなりたいなって思っています。脱原発に関しては人の命、健康とか、人との絆が大事だと思いますので、そういうものを壊すものが好きではないですし、私たちは原発に頼らなくても幸せに暮らしていけると思っているので、原発の代わりになるものは5年前から自分で探し続けて、作っていけるように山口県のほうでもやっています。山口県の上関町の問題とかありますが、いまだに皆さんショックに思われるかもしれませんが、原発を建てようとしてる人はたくさんいますので、ちょっといいほうに向わなければいけなんですけど、そういう人たちは福島県の現状を、行って、避難している人たちの話を聞いて、みんなで話し合うことが一番大事じゃないかなって思っています。よろしくお願いします。

 

Moms & Children Rescue FUKUSHIMA 平野

先ほど高岸さんが説明されたことと近いんですけど、僕自身は避難される方がなぜできないのかっていう、福島県の中での問題を、金銭的な問題なのか、それともほかに問題があるのか、そういうのをすごく教えてもらいたいなって思います。僕自身はロックの会(発起人:松田美由紀、岩上安身、小林武史、岩井俊二監督)に参加させていただいてまして、そこでも僕は福島のことをずっと訴え続けていまして、この問題を風化させてはいけないと思ってます。とりあえず署名を集めていますけど、自主避難についてももっと考えたいなと思ってこさせていただきました。いろいろおしえていただきたい。できることがあれば何でもしていきたい。ぜひ繋がってください。


G
さん (福島県伊達市在住)

皆さんこんにちは。福島県伊達市在住の「あとりえとおの」、私の画名です。ここに絵があるんですけど、どうしてこういう絵を描いているのかってぜひ添えた作者あとがきを見ていただければありがたいと思っています。私は一人で絵を描いているので、とにかく人と話したい、繋がりたい、ただそれだけです。特に県外に避難されているお母さん方の話を聞かせていただければと思っています。今気になっていることは県内に暮らしている方、特に子供さんの内部被ばく、健康被害の進行どうなんかなっと。私も自覚症状が出ていまして、30代の自分がそうなので、子供なんてマスクしないで歩いている人がいっぱいいるんですよ。小学生から、これどうなるんだろうって。手前みそなんですけど、、、いたたまれなくなってこんなのを作りました。【私たちはモルモットなんですか?という言葉。マスクをした子供のイラスト。】試験的に私が知っている店のマスクコーナーに張らせていただいています。原発に対しても言葉も出ないんですけど、よろしくお願いします。



Hさん (子供全国ネット)

 

原発事故が起きて、福島の人たちが早く避難してほしいってそればかり思って、でもどうしていいかわからなくて子供全国ネットの福島支援というところに参加しました。最初から避難をしていただくのが目的だったんですけど、それがなかなかうまくいかずに、たとえばヒューマンレッツノウという弁護士団体と文科省や経産省の副大臣室まで行ってお話をさせていただいて、乳幼児と妊婦を早く非難させてくださいってお願いしました。そういうお願いを何人かにしましたけど、全員そうですねって、がんばりますっていうんですが全然実現しないという状況です。集団疎開裁判も却下されましたし、自分たちで少しでもとにかく動くしかないって思いまして、子供福島緊急支援チームというのを立ち上げて、いま細々と世田谷での受け入れを検討させていただいてるって状況です。今一番気になっているのは放射能の状況です。福島の4号炉のことが懸念されていますので、それが今一番心配です。また3月のようなことが起こったらとんでもない事になる一番心配しています。今日ここに参加した理由は避難をどのように支え繋がっていけばいいのかということを、皆さんで共通認識として持っていくということと、絶対に政府を動かさなければいけないと思っていますので、最終的には国を動かすところまで、皆さんと繋がっていければいいと思っています。脱原発は命を守るためには当然のことなので、これは絶対に実現しなければならないと思っています。どうぞよろしくお願いします。

 

 

Iさん(子供全国ネット)

Hさんと同じで子供福島緊急支援チームです。ずっと考えているのは、どうしたら避難、移住していただけるかを一緒にいろいろやってきたんですが、なかなか国と行政がうごかないので、できることから。避難してって言っても避難した先に住めないわけですよね。移住してくださいっていう受け入れ先がないので、言ってるだけじゃなくて、作らないといけないと思って、とりあえずメンバーの多い世田谷で受け入れを作ることにしています。とりあえず今実現できるのが春休みの扶養なので、春休みの扶養に関心を持っていただけることと、避難されている方に何が必要なのかを知りたくて来ました。脱原発に関してはもちろんなんですが、今言われているのは再生エネルギーにすればいいということですが、あれも聞いていると省エネはいいから再生エネルギーの科学技術ができればいいみたいになっていて、ちょっとおかしいかなと思っています。

 

Jさん (NPO法人セイピースプロジェクト)

NPO法人セイピースプロジェクトのメンバーです。セイピースプロジェクトは十代、二十代の学生、大学院生とか、社会人の若者で作るNPOなんですけど、311後に放射線被ばくの問題でいろいろ情報発信をしたり、インターネットとか、出版を通じての情報の共有とかで活動してきたんですけど、そのうえでたって、今事務所は世田谷にあるんですけど、世田谷に避難されている自主避難者への支援活動を始めています。あとで代表のほうから活動の詳細があると思うんですけど、そういうことをやっているので、今一番関心があるのは東京への避難者にどのようなニーズがあって、どのような支援が必要なのかということが一番の関心ごとです。ほかにはどういう支援をされている方がいるのか、どのように連携できるのかってことは当然知りたいなって思っています。脱原発については当然、大きな政策の話のうえで脱原発って言われてるんですけど、そのもとで自主避難をされてきた人もそうですし、全然生活も権利も保障されない状況が続いてるってことは、このまんまで脱原発が仮にしたとしても、日本の社会にとってほんとの意味での脱原発にならないと思うし、避難者の権利を社会がきちんと認めていくっていことを訴えていかないといけないと思いますし、そのために僕たちができる支援をやっていきたいなと思っています。よろしくお願いします。

 

Kさん (子供たちを放射能から守る全国ネットワークの福島ワーキングチーム)

この間割と頻繁に福島へお訪ねして、いろんな地域でお母さん達とサロンを開いたり、今後についていろいろな話をしてきているんですが、率直に言って福島の状況は本当に異常だと思います。子供たちを守るべき学校や病院がお母さん達にとって壁にしかなっていません。そういう中で学校の先生は自分の子供は避難させながら、避難できない子供たちの前で毎日教壇に立っている。とてもねじれて残酷な状態にあると思っています。そういうなかで東京でテレビなんか見ていると、復興復興と除染ができれば復興できるという論調に一本化されていると、そのことも含めて恐ろしい気がしています。今日ここに来たのは原発が終息していないだけではなくて、福島の人々の置かれている状況というのは、まったく何も改善してなくて、むしろ時がたつにつれて深刻化しているんじゃないかと思うんですね。何も放射能に対する防御がされない中で、動けない人たちというのは、高い放射線量の中でさらされ続けざるを得ないという状況です。この間いろいろな人たちとともに行政交渉とか、そういったことをやってきているんですが、びっくりするくらい人を動かさないという政治判断がされていると思っています。そのなかで、市民の力で何かできることをできる限りやっていこうと思いまして、避難されているい方々と一緒に彼女たちが避難してきたこと、その経験を今残っている人にも伝えて、励まして、自分たちが受け入れを促していきたいとか、そのように言ったりしていることとか力を入れて、これからも福島のいろんな地域で健康相談会をするとか、一つのことを詰めながら少しでもこの悲惨な状況をみんなで改善していきたいと思っています。よろしくお願いします。

 

Lさん (福島県在住)

福島県から来ました。子供福島ネットワークのメーリングリストには参加していたんですけど、メーリングリスト以外の方とは特にしてなかったです。今日来た目的はインターネットとか、メールとかあるんですけど、直接会ってお話をする事がすごく大事じゃないかと思って、そういう方々と今日お話ができるんじゃないかと思ってお邪魔させてもらいました。今日一番気になってることは、人ごとじゃなくて自分の問題としてどう考えるかって自分自身思うし、皆さんもすごく大事なことなんじゃないかなって思っています。先ほど川俣から避難されている方が、首都圏に来てもここがどうなるかって心配だってありましたが、ここも人ごとではないですし、さっき山口の方がおっしゃっていたように、山口だって人ごとではないし、すごくそう思っています。少しでも何かできるのではないかって思っています。関心ごとって少しリンクしてくるんですけど、私もずっと福島にいて、この状態になるまでいかに私がぼさーとしてたっていうか、なにも分かってなかったなって、すごく思っています。昨日友達ともしゃべっていたんですけど、59基あるうちで、たまたま福島がばば引いただけで、どこでだってありうるんだそんなのはってすごく思っています。本当に福島だけでなくて、福島は大変ですけど、東南海が起こったらいつ静岡で大変になるかわからないし、もんじゅ、玄海だってわからないし、どこだってほんとに同じなんですって私が福島にいてほんとに思う。助けてあげる助けてもらうってことも大事なんですけど、自分のところがどうかって問題がとても大事だと思います。

 

Mさん (東京都在住)

私は特に活動してるってわけではなくて、全国ネットのメールリストには参加させてもらってるんですが、この事故が起きてから福島の人たちのことはとても心配しています。今日来たのは実際に避難されてる方たちの声を聞きたいということと、避難している人たち、避難できずにとどまっている人たちの想いとか、状況を直接お聞きできたらなと。この危機を多くの方があまり共有していない気がして、どうしたら一人一人が自分のこととして共有できるか、そのことが結局避難の権利を認めることにつながって国に認めさせることにつながっていくのではないかと思っています。原発についてはもちろん脱原発です。

 

 

Nさん (福島県伊達市から避難)

こんにちは福島県伊達市から、最初、東京府中市、その後、川崎市そして現在稲城市にすんでいます。よろしくお願いします。私も避難母子の会関東や繋がろう放射のから避難したままネット@東京などいろいろ情報交換等行い参加させてもらってます。その縁がありまして昨年の11月くらいからですかね世田谷の会ですとか、横浜の会ですとか、実際の避難の状況とかを多くの方に知ってもらおう自分たちも人ごとではないどれだけ大変かということを知ってもらおうと思って少しずつ、発信をしています。今一番気になっていることは、年末福島に帰省したんですが、そこで改めて残っている家族、友人達のことがどうしても気になって、今年はできるだけ彼女たち、彼らにプチ避難でもいいから、保養をしてもらいたいと思い、その情報を流していきたい。できれば情報を集めて福島の人たちにどんどん知ってもらいたい。何かしらアクションの手伝いをしていきたいなと思っています。また関東に避難した子供達が心配です。とくに健康面以外にも避難によって大きく環境が変わりましたので、そういった精神的な不安ですとかストレスとかもあるとおもうので、そういったことも含め今度小児科医の方々がボランティアで相談会をしてくれるというのでそのお手伝いもしていっています。今日来た目的としてはそういった避難保養の状態を自分が得ること、そういったものを必要としている人たちが多くいるということを知ってもらいたい。それからこちらのほうで支援したい人、避難してきた人、福島で避難を望んでいる人、すべてがつながって大きな輪になっていければいいなと思っています。脱原発への関心ですが、もちろんそうなってほしいなと、そうなっていかないと困ると思っています。ただ時間がかかることですし、個人によって関心度が大きく違いますので、まずは福島県からの避難が全国に散らばって、各地で福島県がどんな思いをしたかを多くの人に生の声を届けることによって、各県各地で人ごとではないんだっていう、個人個人の意識をまず高めることができれば、遠い未来が10年20年早くなるんじゃないかなって思っています。以上です。よろしくお願いします。

 

Oさん (子ども福島)

子供福島立ち上げからやっています。いまは経産省のテントで10月10日の会というか、そんなことを発信しながら福島と東京を往復しています。気になっていることは娘孫たちをまだ避難生活をさせることがまだできないので、どういって導いていけるのかって、自分たちの人生を歩んでいるんでつらいところです。昨日カメダサトシの講演会を聞いてきたんですけど、経産省が新たに福島の復旧計画の支援を宣言しているんですね、ということで福島は復興モードにあります。今回一周年の311集会も復興モードの中に平和フォーラムを事務局の人たちがいろんな文言を打ち出していて、タイトルもそういうことになってて、それに私たち福島原発がいらない女たちが他の人たちと一緒にどうやったらこの状況を変えていけるかいうことで、「脱原発」ってことは、入らないんですね、タイトルに、それであれば、大江健三郎さんとかかたさとしさんが出ないと意思表示されているので、そこにどう食い込んでいけるかそれをちょっとやってます。その前日だっていうことで、皆さんお手元にチラシがあると思うんですが、まあ何とか前日祭だけでも脱原発という意思をみんなで合わせていきたいなといろいろスケジュールを組んでいるところです。参加した理由としては自分が変わることで環境も変わりますし、風や空気も変わるとおもうので皆さんとお会いして肉薄した中で自分を変えようと思っています。脱原発に関しては300%の関心を持っています。同じことですが変えていくには変わらなきゃと小さなところから自分を見つめながらやっていきますし、今日もその辺情報交換できればと表います。今日はテントから抜け出してきました。宜しくお願いします。

 

 

福島避難母子の会in関東 Aさんからの活動報告

福島避難母子の会担当の者です。私たちの会では主に自主避難者の方が多いんですが、自主避難区域外の方、その母子避難の方が多いです。その方々に支援の情報や悩み等のそういった場を設ける場所を作って月に一回交流会をやっておりました。今回、事務所のほうが支援者の方により提供されまして、そちらの方で今後、全国自主避難者の方とつながっていき、情報を交換しながら関東の方で発信していきたいと思っております。今後フリーペーパーなども作っていきまして、そこにいろんな情報を書いて発信できたらなと思ってます。自主避難者の現在の問題点っていうのは、自主避難に限らないんですが、やっぱり安定した生活が送れないっていうのが、一番問題なんですが、どうしても避難生活って言うと暗い感じになってちょっと普通のことをすると贅沢だとか思われたりすることもあったりするんですが、贅沢じゃないと思うんですよね、普通のことをしたいだけで、普通のことを求めてるだけなんですよね。だから本当に暗くならないように少し前向きにみんなで励まし合いながら頑張って生活していけたらなあと思います。まだ福島に残っていらっしゃる方も避難考えてる方もいらっしゃると思いますので、避難することで放射能から解放されるということで精神的には楽にはなりますので、避難しても楽しく生活出来るよっていうのを私たちで示すことが出来たらなと思っております。一番今困っているのが、最初の頃に避難されてきた方っていうのは被災者住宅に入ってるんですが、この期限っていうのがまもなく切れてしまうっていうのもあるんですね。都内や神奈川県、12年の契約で、一年間の契約ですともう4月で切れてしまいますので、その後の生活が大変になってくるというのが見とうしがつかないけどあります。で、募集も締め切っているところがほとんどですので、これからさらに西の方に避難するといっても、もう福島県からの避難者ではなくなってしまうというのもありまして、なかなか受け付けられないというのがあります。だからそのへんをどうにか私たちの考えを要請していけたらなと思っております。 全国に自主避難者っていうのは約6万人いるっていわれてます。東京都にいるだけでも全国第3位で約6500人。ただその人達っていうのも私たちも全く把握できていないですし、行政もそれ以上の数っていうのを把握していない。どこに誰が何人いるかというのをわかっていないんです、自主避難者っていうのは、とにかく自主的なので、出たり入ったりも多いですし、人数の変動もあるっていうことなんですけど、そういった繋がりたいなって思ってる人たちが繋がりたいような環境だとか支援をして欲しいっていう人たちと支援をしてくださるっていう人たちがうまく繋がらないかそういうことを模索したりしています。まず、情報はたくさんあるんですがそれをうまく拾えないっていうこと、ちょっとあふれすぎているっていうことが、私たちの限界を感じているところです。で、ご相談ということもさせていただきたいという形です。

 

 Pさん(福島県田村市から岐阜県に避難)

福島県田村市というところから今は岐阜県の高山市というところに避難しています。半年間山形県の方に避難してたんですけど、今職業訓練で春まで高山で過ごしています。いま気になってるっていうことは今まだ福島で避難出来ずにいるっていう人がいっぱいいる中で、一方では収束とかいう人が出たりしながら避難の窓口もだんだん狭まってるみたいで、本当はもっと避難してもらいたいということが気になってるのと、あと緊急避難準備区域だったんですけど、そこは去年の9月に解除されておりまして今、30Km圏外に出ている小学校が春までに学校を戻すということで、除染をしてもどすという運動になっているのが凄く心配です。学校の除染をしても周り全部山に囲まれているところなんで除染なんて絶対出来ないところなんで、解除になった場合に学校が戻った場合、子供達が大丈夫かなと心配しております。それとあと、自分自身3月以降どうしようかなというところで、今日来たのも自分がこれからどういう風にして生きていったらいいのかなあっていうのが一番なので、今避難できないっていう人がいっぱいいるっていうのも、今のこの原発作って社会システムに乗っかって贅沢してるから、生活を捨てて避難できないっていうんですけど、そういうのに頼らない生き方っていうのが出来ないかなあっていうのが、自分自身の生き方含めて考えてるところです。原発に対しては脱原発で、点検後再稼働を絶対させたくないということで、再稼働させなければ春には原発ゼロになりますので、みんなでがんばっていきたいと思います。

 

Qさん(子供たちを放射能から守る全国ネットワークの福島支援ワーキングチームと母子疎開ネットワーク母子の東京スタッフ)

今一番気になっていることは、避難を含めて、どうしたら子供の被曝を少なくしていけるのかっていうことを、漠然としたことじゃなくて、具体的にひとりでも、一個でも積み重ねていきたいと思ってます。それで今、今日来た目的としては、前に進みたいと、2011年の問題として終わらせられないためにも、具体的に前に進んでいくしかないなという感じがしています。脱原発についてはもちろん脱原発なんですけど、父子母の状況をふまえた上でのリアリティのある脱原発っていうのが、大事なんじゃないかなって思ってて、

脱原発って一言で言ってても、そんなに福島の状況を知らない方だったりとかカリウム40の話で大丈夫なんだよって言ったりとか、そういう風にどんどん相対化していかれるんですね。放射能が怖いからまずいものだから脱原発だと思うんですけど、放射能のことであったりとか福島で生活している人たちがいるっていうことが思考停止されてるような気がして、そこはリアリティでそこをふまえたら支援する以外ないと思うんでそういうふうになっていけばいいと思います。

 

Rさん(京都在住。アジア太平洋資料センター、グリーンピースジャパン)

京都から来ました。いくつかの団体に深く関わっていますが、長くなるので省略します。名前だけ言いますと、アジア太平洋資料センターの代表をしてます。グリーンピースジャパンの理事をしてます。あと放射能除染回復プロジェクトで毎月福島に通って来ました。京都では福島の子供たちを5月の連休の時と夏休みに受け入れる保養キャンプをしていました。今一番気になってることは、何人の方がおっしゃってましたが年度末ていうのが気になっています。日本は3月にお金とかいろんなことが動くので、その時に何が起きるか何が出来るかっていうのがすごく気にかかってます。あと福島はもちろんなんですけど、宮城県の南の方と栃木県の北の方がものすごく心配です。ここに来たのは日々ネットに依存しがちなので、いろんな人の声を直接聞きたいということで来ました。それから脱原発以外にチョイスはないと思いますけど、問題は次の事故が起きる前にそれが出来るかどうかじゃないかと思います。

 

Jさん (NPO法人セイピースプロジェクト)

皆さんこんにちは、セイピースプロジェクトの代表をしています。今日、話題提供させていただきますけど、私達の方では放射線被曝の問題を中心にやってきた中で、避難者の方たちとその方たちの生活サポートをやっています。その中で実際世田谷に避難されてる方たちのサポートをしていまして、その中で見えてきたこと、そして今後の課題についてお話したいという風に思ってます。その中で今、私自身が気になっていることは、来年度以降、継続的に支援がやっていけるような状況をいち早く作らなければいけない、これは行政もそうですしNPOの側も一年ということで、助成金などの関係で区切っておりますので、そこをどういう風にしていくかが一番気になっています。その中で私が今日来た目的としては、やはり避難者の方々のニーズ、支援をする際にどういった制度利用がありうるかということを、制度利用されてきた方たちの話としても聞きたいという風に思ってます。私たちは学生中心の団体でやってますので、その中で東京で出来ることはないかということで、やはり学生のボランティアの方々も5月段階には東北、福島地域にかなり入って行きましたけど、今なかなか入りづらいということで東京で何かできないかということで動いてる方がいらっしゃまして、募集なんかをかけてみると結構来てますので、そういった方たちと一緒に学習なんかもしながら、継続的な支援というのをやっていきたいと思っています。脱原発に関して避難する権利の確率っていうのが大前提である、それ無しには脱原発っていうことを言っても意味が無いという風にも私自身思ってますから、そこををできるだけ早くやっていくということが不可欠じゃないかと思ってます。よろしくお願いします。

 

Sさん(ウクライナ出身)

みなさんこんにちは。私はウクライナの出身です。今日来た目的はボランティア通訳として参加することになりまして、脱原発への関心度は、私はチェルノブイリの経験者です。ちょうど1986年の時、私は15歳だったと思うんですけど、チェルノブイリが爆発しまして私も避難者の生活を経験しました。ちょうどその426日チェルノブイリが爆発した翌朝、チェルノブイリで勤めていた親戚から一本の電報が入りまして、朝の6時、当時お父さんと二人で暮らしていましたので、お父さんがその電報をじっと見て、荷物をまとめて犬を連れて避難しましょうっていう5分しかかからなかったんです。その時にその電報に何が書いてあったかっていうと、「子供を連れて南へ避難しなさい」南にはうちのおばあちゃんが住んでいますけど、そこから私たちの長い長い避難生活が始まりました。今日はもう25年たっているんですけど、まさか2度も日本に来てこんなことになると思っていませんでした。私は留学生として新潟大学で三年間勉強してましたが、大学を卒業してからもボランティアの通訳と英語の講師として日本の小学校で2008年まで8年間ずっと勤めてました。それから仕事の関係で5年前東京に来たんですけど、離れてると思うんですけど、福島との関わりが深くて、スキーはずっと福島でやってたし、友達もまだいっぱい福島に残ってるし、振り返ってみると、みなさんどんな生活してるのかものすごく気になりますね。今気になってるのはやっぱり食べ物の安全、東京に住んでいてもスーパーにいっても安全なのかなと迷わずに買ってしまったり買わなかったり悩みをくり返しながらそういう生活をしてるんですけど、出来れば物の安全性とかそういう事を考える時間がとれればいいなと思いまして。今日はよろしくお願いします。

 

Tさん(原発のない未来を中野アクション)

原発のない未来を中野アクションというグループを作って、連続講座をやってきました。その中で鎌仲さんを呼んだ時に福島のことをしっかりとやってくれと、そして福島の人達と寄りそって続けていかなければいけないと、そういうふうにいわれまして、山田先生も来ていただいて、二人に福島の被曝の問題を話してもらったんです。それを機に第三回目に子供福島のアベさんにもいらしていただき、福島の現状の話を聞いてその後、私達に出来ることは何なのかということをずっと考えてきました。この前の12月のサミットのキックオフに参加させてもらって、2月の11日に向けて私たちに出来ることということで、企画を立てはじめています。昨日も一昨日も会議があったんですけど、私達は、中野区では保養所が無いんですね。で、東京に呼ぶっていうことが福島の人たちにとってどうなのか、ということもあったんで、千葉の南房総の方に場所を借りることにして計画を立てはじめています。何人くらい来てくれるのか、こっちでバスの手配とか具体的なことも考えてます。続けていくためには、例えば子供一泊千円くらいの参加費をもらっていいのだろうかとか、千葉でも嫌がらずに来てくれるんだろうかとか、福島の人たちは例えば静岡より西じゃないと行きたくないって思ってんじゃないかとか、私たちとしてもわからないことがいっぱいありまして、ほんとに具体的に南房総市の市長さんに会って、話をすることになってるので、もう少し具体的なことを知りたいなと思って参加しました。原発あと6基稼動しているだけで、4月には全部いったん止まることはわかってるんですけど、再稼働させないために何をするかということと、今被曝している子供たちを、どうそこから離していくのかそういった具体的な事を考えていきたいなと思っています。よろしくお願いします。

 

 Uさん(原発のない未来を中野アクション)

東京都杉並区から参りました。318に物資をおくる緊急支援をした。今日来た目的は、確か4月にテレビで避難所の男性の言った一言がずっと忘れられなくて「電気なんかいらない。家族が一緒がいい」と言ったんですね。やっぱりその言葉というのが本当の重みとか、ちゃんと受け止めないといけないなと凄く感じていて、、、。つい最近、東京新聞に小出先生のインタビューがのってまして、その最後にしめくくられていたのが、講演に行ったら必ず質問をうけるのが「原発を止めるにはどうしたらいいんですか?」ということ。「そんな有効な方法があれば、やっています。だけれども、歌で伝えられる人は、歌で伝えるとか、本当に一人一人が出来る事をやっていくしかないんじゃないですか?」という形でしめくくられていて、私もそれを見てやることはいっぱいあるんだろうなと、その中で自分には一体何が一番いいのかなってすごく迷いながらずっときているんですけども、やっと避難の事で少し具体的な事にしていきたいなということで今日は来ました。宜しくお願いいたします。

 

Vさん(福島県在住)

福島県からきました。仕事が霊山里山がっこうという、里山学校、自然体験、農業をしています。原発の事故以来、そこにいることもできなくなって、売り上げも減少するという中で、被曝にさらされている子供たちを何とかしなきゃならないということで、今年の夏以降、疎開キャンプというのを実施しています。冬は河口湖にいったりとか、年間通してそういう活動をしながら、そういう形での仕事をつくるということをやっています。一方、私にも子供がいて、二人は独立しているんですが、下が小学校6年生と高校2年生で、どこかに避難させたいとおもっているんですが、下の子がとにかく抵抗するんです。「絶対行かない。」このまえも家族会議をして、しょうがないから岩手のおばあちゃん家にいこうということになりました。それは本人はまだ話してないんですけれども、どういうにもっていくのか悩ましいです。一番は何が問題かというと、生活なんですね。うちが、共稼ぎでようやく食べていけるという状態ですので、子供を連れてどこかに避難して、働きながら生活すればいいのですが、生活のめどがたたなければ打ちようがない。仕事がみつからないかと声かけながらやっています。こういうところに来ると元気になるんですが、やはり普段はドッと気分が落ちて。3月ぐらいまでにひとつの結果、方向性を打ち出さなければならない中で、焦るし、迷っている中で一歩ずつ踏み出すしかないかなと思っています。今回、持ち込み企画で福島が原発に頼らない地域をつくるにはどうしたらいいか協議をしていくということでここにきました。自分がもっと直接行動的なことをしたいなと思っています。

 

Wさん(神奈川県川崎市在住)

私は3/11以降、たまたま仕事もなかったので石巻の友達の被災地を尋ねて、津波ですっかりなくなってしまった悲惨な現場を見たり、友達と小学校の避難者のところにお見舞いに行ったりということを5月の初めにしましたが、私も中野の方と同じで、福島のことはこれから果てしなく続くのではないか,津波のところは大きな自衛隊、警察,消防といった人的経済的な投入を国がとってやればいいな、福島はどういうふうにこれから進んで行くのかと考えた時に、私がたまたま何十年も小学校の教師をしていたため、やはり元気な子供の笑顔が見たい、子供を救う事が未来につながって行くと考えたことから始まりました。近くの脱原発をしているNPOの友達とか、仲間に呼びかけて夏休みに子供達を呼ぼうということになりました。まずは行動ありきという感じだったのですが、約2週間、7月の末から8月迄、1期目は福島と白川の子ども達を中心に約30名、つてが無かったので5月2日に文科省を相手に20ミリシーベルトの問題でたたかっている福島の方達とお会いしたことが縁で福島のネットワークの方にお願いして子ども達を集める事ができました。その後たまたま伊達市の方とも知り合いになって、伊達市の方は役所が川崎市とタイアップしてやりたいということでしたので、伊達市役所のこども課というところが尽力してくださいまして親子20組をご招待する事ができました。こちらで少しでも線量が低い所で、ということで、宿泊施設がプールを併設していましたのでプールで泳いだり、遠足ができるように神奈川県内で自然が残っている場所へつれていったり、ユニセフの協力も得て国際的な勉強をしたり、音楽療法で音楽でゲームをしたりして2週間ばかり楽しんでいただきました。子供は1年〜6年生までと幅広い年齢層を責任を持ってこちらが事故がないようにするのは大変なことで、24時間体制の2週間ということでしたので、われわれ60歳が主なメンバーでしたので精神的にも体力的にも疲れました。ただ、総勢200名のボランティアが応援してくれましたが、ユニセフが非常に協力的に対応してくださったので、毎日のボランティアの手配はこちらで考えていましたが、学生さんが非常に大きな原動力になってくれたので、やはり若いということは子ども達にとっては非常に身近なため、イベントは非常にスムーズに進行していきました。若いエネルギーを借りての2週間でした。お金は全くなかったので、三菱商事から始まって日本財団などいろんな財団を当てにしていたのですが、そこの助成金は全くだめでしたので、しようがなく草の根運動から始めたら、全国から600万円くらいのお金が集まりました。おかげで1回目の2週間の企画ではお金がうんと余りました。そこでいろいろなところで川崎市が減免してくださったりと公的な支援もありましたので、余ったお金を次に使おうと冬の保養企画を計画しました。これは市民プラザを借りきって各部屋に1家族ずつ親子16組です。夏の企画は全てバスをチャーターして迎えに行く所からお見送りするところまで子ども達の負担は0だったのですが、

今回は宿泊費は0、1家族大人1名につき1万円、子供は5千円を交通費に使ってもいいし食費に使ってもいいということでこちらが助成させていただきました。16家族で50万近く出費しましたが、施設費は減免措置もあってあまりお金はいらなかったように思います。春に場所もとりましたので、春にも、と考えております。

 

 福島避難母子の会in関東 Aさん 

件数は2件ということで生活サポートを行っています。去年の末、川俣町の北部のから自主避難されてきた妊婦の方の生活支援をしております。今、世田谷にお住まいで、引越しが五回目です。4月の初旬の時点で妊婦の状態で避難されてきたということで、東京里帰りプロジェクトという東京の助産士会が10件ほど集まって、いちはやく、自主避難者に限らず、被災地域で精神的にも衛生的にも、子供を見にくいという状況で東京に里帰りする気持ちで来てくださいということで支援をしているというところです。そこは、3月の時点からいち早く放射線に関しても危険だからということで、被災地域に限らず川俣町の方もふくめてきているということで避難をされてきました。10月に元気な男の子を出産されて、今、3ヶ月ぐらいになるんですけれども。やはり、一年たった今、福島に帰ってきなさいと川俣の家族の方から言われている。出産するまで一年間はいいが、川俣も子供が遊んだりしているし、家族も普通に暮らしているので、「なぜ帰ってこないのか」ということを言われる。放射線に関しての危険性については、ものすごく避難者の方も、私たちサポート側も、知識なり情報なりをいうわけですけれども、問題はそこではなく、避難されている方が一人で東京に住んでいるということは大変なんじゃないか。夫の世話、実家の親の世話を長期的に誰がするのかということを言われるということなわけです。私たちのほうに、その方から最初に電話がかかったときには、僕としては被曝の相談、賠償関連の相談の話かと思ったんですが、そうではなく、生活サポートをしてほしいということだったんですね。お話を伺ったときに、まず被災者支援ということをやっているグループの中に放射線に対して知識があるかというとそれは限られてくると思います。だから私たちセイピースとしてはそこができるとおもっているのですが、お話を聞いてみると託児保育のニーズであったりとか、買い物とか、持病のための通院をするためのサポートであるとかそういったことがすごく必要で、一団体だけではなくて、複数の団体の支援も必要だと。そういうことがあってこそ自分自身も「いや、私はここにとどまりたい」ということが言えるということでそいういった形でこの間、3ヶ月ぐらいおつきあいをさせていただいている。私たちが支援をしていて、買い物サポートであるとか、近隣でどういった保育所があるのかといったこととか、被災者支援ということで原発避難者の方にも平等に保育支援というのを3月いっぱいまでやっているということがありますので、そういった方を紹介したりしていた中で見えてきたのが3月以降、どうなるんだというところですね。支援団体の方ともお話をしたんですけれども、支援団体は、保育支援、託児支援、通常の業務をやりながら被災ということで一年間限定でいろいろやりくりをしている。助成金も一年、もしくは2年とっていらっしゃるということで、それ以降の支援というのは全くしないということはないんですが、しずらいという状況をおっしゃっています。一方で制度的な支援、公的な支援というのが自主避難者の方の場合は被災証明書や、区域内避難者の方とは違いますので、そういった制度的な権利というのも一番弱い地位におかれているということがあります。そういったところで制度利用というのが難しくて私たちも苦難をしているんですが、1月から原発避難者特例法を総務省がつくりまして、いわき市であるとか鎌田町とかの区域内地域以外の地域の方も対象になっているんですけれども、住民票を移さずに、福島以外に避難されている方に対してその避難先の自治体が公的なサービスを特例チームをやるということで、教育関係、予防接種など医療的なサービスを自治体がやるというのが法律で決まって1月から施行されることで、福島市、郡山市、そういった地域は対象になっていないのですが、少なくとも支援されている方が対象となっていますので、そういった制度利用の方向性をやったり。転々とされてきた方は里帰りプロジェクトの助産士会の関係で避難、ホームステイを経ながら都営住宅に入るということで、福島に帰らず自立した状態をつくっていきたいという本人の思いということを仰っている。その引越しサポートだったり、都営住宅に入った地区の行政的なサービスがどれぐらいあるのか、支援団体がどれぐらいあるのかということも調べながらやっていきたいと思っています。今後の課題は、3月以降、4月から支援活動をされている方達、そして避難をしてきている人たちが、いったん福島に帰らざるを得ない状況を避ける。なんとか東京でも制度的に孤立しないし避難母子の会みたいにつながりあって、ささえあって生きていけるということをモデルとして作る必要があるというふうに思っています。その中で4月以降もマンパワーとして力をつける上でもセイピースは学生ボランティアの方を宣伝などをしてミーティングをひらいて学習をして被曝の知識もそうですし、損害賠償、制度的な利用がどういったものが必要なのか。中には公的な生活保護といったような社会的な保障をするケースを含めて勉強して弁護士の先生や、ほかの団体と一緒に勉強しながらやっていこうという風におもっております。NPO協議会が世田谷区にあり世田谷を中心にやっている環境があります。なかなか区のサービスは使いづらいですが、そこも拡充していけるように、ほかの人も使える形で避難決定を具体的に肉付けしていくというのが必要だと考えています。

 

 

子ども達を放射能から守る福島ネットワーク(子ども福島)吉野裕之さん

街頭募金されたり義援金で避難者を支援して頂いていますが、福島県のホームページをみると、新しい公共という流れで福島県が国のお金を使う事によって県外に避難している福島県民をサポートのためにお金を使う県外の市民団体やNPOが助成金に応募していいという制度が始まった。今年度分の〆切が1月20日、来年度分2月15日〆切。100万円から2000万円までで、うち半額を施設の整備に使っていいいそうです。世田谷の使っていない施設のボイラーを変えるとか、子ども達の為の2段ベッドを入れるとか、その見積もりを作って提出してみることができます。これの1つの条件が自治体の推薦があること、もしくは自治体と協議会がついていこと、もしくは自治体を一緒に会議隊を作って、地元の自治会が了解していることが前提となります。たとえば、まだ提案していないが、広島県、広島市、みよし市というフィールドを使って廃校利用していこうというグループがあります。ここは既に広島県と打ち合わせにいくことを決めました。北海道の廃校利用のしくみをつくる為、道庁と協議を始めています。あとは4月にアースデイの大きいイベントで子ども達を福島から沢山呼ぼうというプログラムがありますが渋谷区長に言ってみようと考えている。そうすると推薦状を書いていただくことでプログラムを助成金の応募にのせる事が出来ます。それがもらえるかどうかは分からないが、それをやって行く事が、ちりぢりになってしまって孤立しかねない福島県民をサポートする手段として有効だということに福島県が気がついたことが大きい。福島県民をサポートするのに自腹でやっていくことは申し訳ないから、国の新しい公共の仕組みを使ってお金を回して行こうということが新しく始まります。これは新しい公共の仕組みそのものにとっても大きなトライですよね。NPO同士が県内県外つながってサポートしてくれるボランティアさんもいて学生さんも関わって、なおかつ受け入れ先の自治体も了解しているという満点の仕組みなので、来年度の3億円以上の予算が4億円近くあるという噂なので是非トライしてほしい。そういった支援者の方々が今どういう課題を抱えていて、どういうプログラムがあるのかということを2月11ー12で放射能から命を守る全国サミットに沢山のネタを持って行きたい。かつ、ある程度プログラムを決めて、地元の自治体と話をして、協議会に出るか、もしくは

推薦を受けたという段階まで進めてもらったプランを、福島までもって集まっていただければこれをひとつひとつ相談させてもらうと〆切が2月15というタイミングになっています。今日は放射線の測定に関わっている先生に現在の福島の状況をご説明していただきます。

 

Xさん(放射線の測定に関わっている先生)

除染というのをどう考えて行くか。放射能のおおまかな分布というのは文科省の地図とかでマクロのところのマップというのはよくわかっているとおもうんですけれども

じゃあ、実際その地図で、こう言う色になっているという例えば渡利とか大浪とか全部均等にそうなのかというと全然そうじゃないんですね。実際に計ってみると一桁違うという事がざらにあります。この地域は除染をして、この地域は除染をしないでいうものすごい荒っぽい話にしかなってない。まだまあ実情が分かっていないという状態だとおもいます。

大まかな所はわかってきたのでそれにそって、ある程度計画を立てるというのは必要と思う。

そこに暮らしている人にとっては、隣の家と、こちらの家とですごく基準が違うというとか、あっちが大丈夫だったら、こっちも大丈夫とかそういう単純な話ではない。田んぼや畑の汚染状況が同じという事なので。田んぼ一枚一枚で状況が違う。

これから、いろいろびっくりするようなことが分かってくると思う。

除染をどう考えるかという事ですが、
除染と言う言葉に、何種類もの事を全部除染と言う言葉に置き換えてしまっているということが間違いだろうと思っている。たとえば、雨樋の下とか、公園の滑り台の下とか、明らかにセシウムやその他が濃縮していて、それを除ければ、明らかに効果があるというのはある。そういうのは応急除染と言って、した方がいいし出来ると思うが、もともと原発関係者や、放射能施設の関係者は、持っている除染の技能はそこまで。

つまり核施設の中で何かちょっとこぼしちゃったのでそこを拭くとか。非常に局地的、局部的な事をさせるのが除染という技術でその為にはノウハウもあるし、薬品もある。広い範囲に対して除染と言う言葉を使う事自体が、実は間違いだと。広い範囲は何もしなくてもいいかというとそうじゃなくて、例えば学校の校庭の土をはぐという事は、やれればやった方がいいのですが、本来はそれを除染とは呼ばず、被曝緩和という。そういうものを含めて、除染、除染と言い出したのが間違いのもと。私たち、5月ぐらいから始めた時は行政は、市も、県も、国も除染なんて一言も言っていなかった。もちろん関係者の中では言っていたけど表立っては言ってなかった。それが7月の上旬ぐらいに、急に、県も市も、国も除染除染といいだしたんですね。それがなぜかというと、5月6月7月に、どの業者にやらせるかという談合の仕組みができたわけですね。今も素人では出来ない様な大規模な広範囲の土が出る様な除染というのは原子力関係の業者が牛耳っている状況担っています。実は今除染が必要になっているのは柏とか群馬の北の方、仙台市内であり、これらはきちんと除染すれば絶対効果があるのでしなくてはいけない。本来除染というのはそういったところに使う言葉であり、もっと広範囲の汚染のところを除染して変えれますというのは本来原子力の話としてはあり得ない。僕たちも福島県内は除染は無理なのではないかと言って、素人がやっても追いつかないと思っている。そういった環境にまだいる赤ちゃん、子供がまだいる状況を考えて頂きたかったので先生にお話していただきました。いろいろなチームを作って福島をサポートしていただいている子供全国ネットワークのお話を聞きましょう。子供全国ネットワークは7月に立ち上げ、日本全国から200を超える団体と1700人を超える個人の方から登録を頂いています。活動内容は食の安全だったり市民測定場等。福島支援ワーキングチームは、福島へ送料無料で食べ物を届けるというものだが実際は思ったより申し込みが無いのが現状。福島の中でも情報格差がかなりあるので、その格差を無くすように紙媒体で情報を送って行って、かつ、郡山で除染が丸投げで行われているのは全国の方は知らないと思うので、福島から情報を発信して行きたい。これからも避難者の方が何を思っているかを大事にしてサポートしていきたい。さらにこれから、福島県内でも強制避難と自主避難の方々では全然状況が違う。30キロ圏内の方や強制避難で県外に出られている方々はそれなりに子供達の検査が一定されていたりする。中通地域/郡山地域については今最も線量が高いのに健康診断の話も出ていないし、実情が把握されていない。南相馬は自他ともに認める危険な所になったので検査がやり安い状態になったので、先駆けて子ども達の検査をしている。新聞にも子供達のホールボディカウンタの記事が出た。9人の子供達が体重1キロあたり20ベクレル以上だった。私たちはベラル値で言えば、これは治療の対象にしている。汚染されていない所に連れて行って徹底的に汚染されてないものを食べさせて排出させる。今の日本は子供に限らず大人もそういうレベルに達しているが全く検査は行われていない。これに対してどういうアプローチをしていくか。検査はベクレルをシーベルトに換算した数値で出てくる。国が責任を持って治療する様な仕組みが必要。関東では健康相談会を有志で開いている。いろんな悩みを抱えているお母さん達がサロン的な感じで集まってそこで健康相談もできるようにする小さな一歩を県内でやっていきたい。汚染地が高いところに子供や身体が弱い方がいる事実を知らしめながら、放射線のないところにどう逃れるか進めて行きたい。

 

 

 

【その後、各チームに分かれグループディスカッション】